2006年に行われた公認会計士試験制度の変更に伴って、短答式試験の一部科目が免除される受験者が現れた。このうち、3科目が免除され、企業法のみを受験する者は、他の一般受験者とは一線を画す存在である。公認会計士短答式試験の合格倍率では、全受験者を対象にしていたが、ここでは、この3科目免除者を除いた一般受験者の合格倍率をより正確に分析する。
公認会計士短答式試験は、財務会計論、管理会計論、監査論、そして企業法の4科目がある。大多数の受験者は全科目を受験するのだが、一部の科目が免除される受験者もいる。免除科目が2タイプあることから、全ての受験者は、その受験科目によって3種類に分類される。
税理士資格のある人や、一定条件を満たす実務経験者は、4科目のうち財務会計論を受験しないことができる。これに該当する受験者の多くは、残り3科目の勉強に集中することになろうが、財務会計論が得意な受験者は、4科目を受験して得点率を稼ぐかも知れない。
一方で、会計専門職大学院を修了した者は、財務会計論、管理会計論、及び監査論が免除される。つまり、企業法だけを受験すれば良いのである。この会計専門職大学院というのは、2005年以降に新設された学術機関である。修了者は、2007年以降、毎回数百名が公認会計士短答式試験を受験している。勿論、企業法のみの受験である。この受験者層の特徴は、会計専門職大学院修了者の実態にまとめた。
会計専門職大学院修了者は、短答式試験に関しては、企業法のみの勉強に集中することができる。しかも、この科目は、解答時間が制約にならないために比較的得点しやすいのである。その結果、この3科目免除者は、一般受験者に比べると、短答式試験を著しく容易に突破することができる。この特徴を以って、3科目免除者を「裏口受験者」と名付ける。
科目免除制度は、2006年に試験制度が変更された際、合格の2年繰り越し制度と共に導入されたものである。これは、公認会計士試験の受験者を多様化することを目的としており、新規参入者が従来の受験者に取って代わることは想定されていない。そのため、4科目受験者は、2006年以降も短答式試験の合格水準が従来のままであると、当然に期待することができた。そして、実際に一般受験者の合格水準がどのように推移したかを正確に分析するためには、裏口受験者を除外しなければならない。何故なら、裏口受験者の存在によって、一般受験者の合格倍率と全受験者の合格倍率との間にギャップが生じるからである。
尚、従来の受験者の合格水準を論じるに当たっては、財務会計論の免除者も、会計専門職大学院修了者と同様に除外すべきところである。しかし、この受験者層は、全科目受験者層との差異が小さく、又情報開示の不足により、事実上分離することができないため、3科目以上の受験者を一まとめに「一般受験者」として扱うこととした。
一般受験者と裏口受験者は、それぞれ全く異なる試験を受験する。従って、これら二者を一緒に扱うことは不適切であり、受験者数及び合格者数は、それぞれの内訳が明らかにされなければならない。本質的には、1科目免除者と全科目受験者も分離した上で、3種類の受験者別のデータが開示される必要がある。
しかしながら、公認会計士・監査審査会は、この最も重要な点に関して十分かつ適切な情報開示を行っていない。それでも、2009年までは、「短答式試験合格者調」があり、これが辛うじて幾らかの有用な情報を表示している。この中に会計専門職大学院修了者の人数が掲載されているが、これは裏口受験者の人数と同義であると捉えて間違いないだろう。例えば、2009年の短答式試験合格者調は、合格発表の頁で入手することができる。
2010年以降は、短答式試験合格者調が存在しない。短答式試験はマークシート方式のため、コンピュータを使えば、受験者のデータを集計することは容易い作業であろう。従って、2010年から短答式試験が年2回実施されるようになったことは、短答式試験合格者調を作成及び公表しない理由になるとは考えられない。
それにもかかわらず、公認会計士・監査審査会が、受験者のデータを非公表とするよう方針転換したのは、都合の悪い情報を隠蔽するためである。つまり、同審査会は、裏口受験者が一般受験者の合格率の低さに追い討ちを掛けている事実が明るみになることを恐れたのである。
これに関連して、2010年第2回の短答式試験から合格発表の頁で合格率の表示を無くしたことも、同審査会による隠蔽政策の一環である。又、同審査会が受験者を募集するために金融庁と共に作成し、公認会計士・監査審査会ホームページで公開している「公認会計士試験にチャレンジしてみませんか」というパンフレットがある。ここには、専ら論文式試験のデータが掲載されているものの、短答式試験については、受験者数及び合格者数という最も基本的な情報が欠けており、合格率を計算することすらできないのである。
裏口受験者が混在し、合格率が隠されているような怪しい試験にチャレンジする者で、公正不偏の態度を保持している者は、一人もいない。
前述の通り、2010年以降の短答式試験については、短答式試験合格者調が無いため、一般受験者或は裏口受験者の人数を直接的に知ることができない。しかし、2007~2009年の短答式試験については、短答式試験合格者調から、一般受験者と裏口受験者を分離することができ、合格倍率の推定に役立てることができる。この3回の試験についてのデータを下表に示す。
年 | 一般 | 裏口 | 全体 |
---|---|---|---|
2007 | 14,311 2,571 17.97% | 297 138 46.46% | 14,608 2,709 18.54% |
2008 | 15,668 3,198 20.41% | 549 317 57.74% | 16,217 3,515 21.67% |
2009 | 16,771 2,036 12.14% | 600 253 42.17% | 17,371 2,289 13.18% |
公認会計士・監査審査会は、2013年第1回短答式試験から、合格発表の頁に於いて、新たに科目別の平均点と得点階層分布表を公表し始めた。これにより、受験者は自分の順位を知ることができる。しかし、ここまでするのなら、先に述べたように、もっと価値のある情報、即ち受験科目数別の受験者数と合格者数のデータ、を開示すべきである。
それでも、この分布表を分析することで、2012年以前の一般受験者の合格倍率を推定するための手掛かりを得ることができる。又、このデータは、公認会計士試験受験被害者の認定にあるように、受験被害者数を見積もる際にも役立つ。下図は、第1回及び第2回の得点階層分布表をグラフにしたものである。
上の2つのグラフでは、裏口受験者の得点が5点単位になることを利用し、一般受験者と裏口受験者を分離している。尚、3科目受験者は、5/3点単位の得点を取るため、得点(小数点以下切捨て)の一の位に2,4,7,9が出現しない。この点も考慮に入れている。データ量が十分あるため、この推測と実際との誤差は、小さいものと期待できる。
2013年の2つの得点階層分布グラフを見ると、グラフの形状が似ていることが分かる。又、一般受験者の得点は、正規分布を成していないことが見て取れる。私はこの一般受験者の分布に近い確率分布関数を作り、過年度の一般受験者の得点分布を予想した。
得点分布表のデータの他に、欠席者が存在することに注意を要する。欠席者は、意外に多く、受験者(願書提出者から短答免除者を除いた人数)の2割超を占めている。尚、公認会計士・監査審査会が公表している2012年以前の受験者数には、全て、欠席者が含まれている。従って、短答式試験の合格率というのは、欠席者を含んだ数値である。この点に留意して、得点階層分布グラフから、一般受験者と裏口受験者のデータを分析した結果は、下表の通りである。
2013.1 | 一般 | 裏口 | 全体 |
---|---|---|---|
受験者数 | 9,644 | 340 | 9,984 |
欠席者数 | 2,098 | 36 | 2,134 |
合格者数 | 934 | 137 | 1,071 |
合格率 | 9.68% | 40.29% | 10.73% |
平均点 | 45.96 | 65.75 | 46.73 |
標準偏差 | 16.50 | 15.10 | 16.91 |
2013.2 | 一般 | 裏口 | 全体 |
---|---|---|---|
受験者数 | 7,571 | 395 | 7,966 |
欠席者数 | 1,917 | 49 | 1,966 |
合格者数 | 593 | 102 | 695 |
合格率 | 7.83% | 25.82% | 8.72% |
平均点 | 45.62 | 56.84 | 46.28 |
標準偏差 | 15.94 | 16.93 | 16.23 |
闇に包まれた2010~2012年の受験者データを推定するに当たっては、論文式試験の合格発表の際に公開される「公認会計士試験合格者調」を参考にした。例えば、2012年の公認会計士試験合格者調は、平成24年公認会計士試験の合格発表についてから入手できる。この資料は、論文式試験の受験者データを示すものであるが、短答式試験に於ける裏口受験者の人数を予測する手掛かりになった。又、この資料の分析を通して、裏口受験者の振る舞いが判明したが、これについては、会計専門職大学院修了者の実態に掲載した。
公認会計士試験合格者調があるとは言え、他に推測に役立つような情報は、殆ど入手できなかった。又、2010年から短答式試験が年2回実施されるようになったため、各試験の人数を予測することは困難を極めた。一応、ここに計算結果を示しておくが、下表の推定値は、一つの仮説に過ぎず、実際値との間に幾らかの誤差がある。
年 | 一般 | 裏口 | 全体 |
---|---|---|---|
2010.1 | 17,137 1,425 8.32% |
446 151 33.86% |
17,583 1,576 8.96% |
2010.2 | 17,038 697 4.09% |
662 123 19.77% |
17,660 820 4.64% |
2011.1 | 16,669 1,409 8.45% |
575 299 52.00% |
17,244 1,708 9.90% |
2011.2 | 14,452 451 3.12% |
518 72 13.90% |
14,970 523 3.49% |
2012.1 | 13,137 709 5.40% |
436 111 25.46% |
13,573 820 6.04% |
2012.2 | 10,165 343 3.37% |
557 111 19.93% |
10,722 454 4.23% |
以上の分析結果から、一般受験者の合格倍率及びZ値を計算すると、下表のようになる。尚、最初に示したグラフ一般受験者の合格倍率の推移は、この合格倍率に基づいている。
年 | 願書 提出者 | 論文 受験者 | 合格 倍率 | Z値 |
---|---|---|---|---|
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 |
10,414 10,183 10,033 10,006 10,265 11,058 12,073 13,389 14,978 |
3,027 3,017 3,147 3,395 3,320 3,381 3,336 3,414 3,404 |
3.440 3.375 3.188 2.947 3.092 3.271 3.619 3.922 4.400 |
-0.529 -0.607 -0.833 -1.122 -0.948 -0.733 -0.314 0.050 0.625 |
年 | 受験 者数 | 合格 者数 | 合格 倍率 | Z値 |
---|---|---|---|---|
2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010.1 2010.2 2011.1 2011.2 2012.1 2012.2 2013.1 2013.2 |
16,269 15,284 16,210 14,311 15,668 16,771 17,137 17,038 16,669 14,452 13,137 10,165 9,644 7,571 |
3,237 3,510 5,031 2,571 3,198 2,036 1,425 697 1,409 451 709 343 934 593 |
5.026 4.354 3.222 5.566 4.899 8.237 12.026 24.445 11.830 32.044 18.529 29.636 10.325 12.767 |
1.378 0.570 -0.792 2.028 1.226 5.241 9.799 24.738 9.564 33.880 17.622 30.983 7.753 10.691 |
最後に、2010年以降の合格倍率について、非度外視法による半倍率とそのZ値を下表に示す。この半倍率も、上記一般受験者の合格倍率の推移に示されている。
年 | 合格倍率 | 半倍率 | Z値 |
---|---|---|---|
2010.1 2010.2 2011.1 2011.2 2012.1 2012.2 2013.1 2013.2 |
12.026 24.445 11.830 32.044 18.529 29.636 10.325 12.767 |
6.274 12.478 6.176 16.276 9.521 15.072 5.425 6.644 |
2.879 10.342 2.762 14.912 6.786 13.463 1.859 3.325 |