人工のトランス脂肪酸は、ちょうどタバコがそうであるように、ただ害にしかならない。対照的に、オメガ3脂肪酸は人体に様々な健康利益をもたらす。特に脳神経や循環系に効果があることが様々な研究によって解明されている。又、オメガ6脂肪酸を摂り過ぎると結果的にアレルギー発症や癌促進のリスクが高まるが、オメガ3には逆にこれらを抑える働きがある。
そして、どの年齢層の人でも、オメガ3脂肪酸の恩恵を受けることができる。子供は知力が発達し、大人は生活習慣病のリスクが下がり、又高齢者であれば認知症の予防になる。胎児でさえ、胎盤を通して母親から供給される養分に含まれているオメガ3脂肪酸の量(即ち、母親が摂取するオメガ3の量)によって、成長に影響があるという。
問題は、この惑星上の生物でオメガ3脂肪酸を体内に含有しているものがごく一部であるため、人は知らずにいるとこの摂取不足に陥る危険性を秘めていることである。摂取不足になると、脳神経や循環系その他に悪影響がある。たとえ病気を発症しなくても、健康状態や体力、知力の低迷は免れないだろう。日々の食物の選択を少し間違えるだけで健康を損ねてしまうのは、何とも惜しいことである。
オメガ3脂肪酸の内、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などは、水中の植物プランクトンによって合成される。そして、それらは食物連鎖に乗って他の水生生物に取り込まれていく。中でも、鯖[さば]、鮪[まぐろ](脂身)、鰯[いわし]、秋刀魚[さんま]、鰤[ぶり]、鮭[さけ]、鯡[にしん]などの青魚は、オメガ3脂肪酸を豊富に含んでいるので、これらの魚は積極的に摂取すると良い。又、これらの青魚は、たんぱく質やビタミンDといった重要な栄養素の供給源としても優れている。淡水魚を含めた他の魚は、上記の青魚程ではないにしても、この脂肪酸を含んでいる。魚以外の海洋生物は、一般的に油の含有量が少なく、オメガ3脂肪酸も僅かである。これらの例としては、烏賊[いか]、蛸[たこ]、貝類、海老[えび]、蟹[かに]、海藻などが挙げられる。
魚のオメガ3脂肪酸の含有量は、その魚の総脂肪酸量に対するオメガ3の比率よりも、脂質の含有量に依存する。これは、(1) 殆どの種類の魚(養殖魚や淡水魚を含む)は、総脂肪酸量に対するオメガ3の比率が凡そ15%〜35%の範囲にあること、(2)魚の重量に対する脂質の比率は、ほぼ0%のものから約20%のものまで様々であること、から分かる。従って、オメガ3脂肪酸をより多く摂取するためには、油の乗った魚であれば、魚の種類は何でも良いのである。
因みに、鯉幟[こいのぼり]は、日本各地で毎年4〜5月頃に空中を泳ぐ姿が見られるが、オメガ3脂肪酸を全く含んでいない。この魚が勢い良く食べる餌は窒素、酸素、アルゴンなどの気体で構成されており、そこには脂肪酸が入っていないからである。又、万が一、鯉幟が不意に何かの昆虫を口にしても、その昆虫の栄養素を体内に取り入れるという見込みも無い。鯉幟という魚は、そもそも消化器官を有していないからである。この魚は、かつて水中から空中へと進出したときに、進化の過程で体を軽くするために、余計な器官を退化させたのかも知れない。
ある種の魚や鯨[くじら]は、水銀やポリ塩化ビフェニル(PCB)などの有害物質を微量ながら含有しているとして、しばしば注意喚起が為されている。そのため、これらの魚介類は食べ過ぎない方が良い。特に、妊婦と授乳中の母親は、胎児や乳児がこれらの有害物質の影響を受け易いという理由から、摂取する食物には注意しなければならない。しかし、研究者の中には、水銀による被害よりもオメガ3脂肪酸による効用の方が大きい、と言う人もいる。このジレンマに対しては、大型の魚を避けて他の大衆魚を中心に食べる、という手段を取るのが無難だろう。何故なら、概して食物連鎖の上位にいる生物ほど、蓄積されている有害物質の濃度が高くなるからである。海の食物連鎖の頂点にいる海豚[いるか]、鯨、梶木[かじき]、鮫[さめ]、鮪[まぐろ]などは、水銀の濃度が比較的高い。
魚のオメガ3脂肪酸を効率的に摂取するために、魚を加熱調理する際は、なるべく魚油の流出を抑えるような工夫をしたい。例えば、煮魚を作るときは、水を少なめにする又は味付けを薄塩にするなどして、煮汁まですべて飲んでしまうと良い。焼き魚にする場合は、そのまま焼くよりも、小麦粉などを魚の表面に塗してから焼く方が、油を多く残すことができる。このとき、小麦粉の代わりに澱粉や米粉などを使っても良いが、ショートニング入りのパン粉は付けてはならない。
陸上の植物に含まれているオメガ3脂肪酸は、主にアルファリノレン酸である。しかしながら、典型的な食用油には、オメガ3脂肪酸はあまり含まれていない。それでも、菜種油と大豆油には幾分か入っているが、これらはリノール酸も多く含んでいる。そのため、オメガ6/オメガ3の比率を低くする目的で菜種油や大豆油を摂取しても、あまり効果的ではない。それに対して、亜麻仁[あまに]油、荏胡麻[えごま]油、紫蘇[しそ]油には大量(概ね5〜6割)のアルファリノレン酸が含まれている。
アルファリノレン酸は酸化し易いので、なるべく光や熱を避けて保存する必要がある。そのため、これらの油は、他の食用油とは違って、箱に入ったり遮光性の瓶に入ったりした状態で売られている。保存性を考えると、これらの油には水素添加した方が良いのかも知れないが、それでは肝心のアルファリノレン酸が失われ、おまけにトランス脂肪が生じてしまう。実際、これらの油は、健康食品として商品化されているので、一般的に化学的処理を経ずに圧搾のみによって抽出さている。その場合、油の中に植物中の抗酸化物質も一緒に入っているので、アルファリノレン酸が酸化し易いとは言え、これらの油は幾分かの保存性がある。
亜麻仁[あまに]油(フラックスシードオイル)は、亜麻という植物の実から取れる油である。亜麻は日本では殆ど栽培されていないが、カナダ産の亜麻仁油が輸入されている。Omega Nutrition社とFlora社の亜麻仁油はインターネットで手に入る。荏胡麻[えごま]油、紫蘇[しそ]油は、日本でも作られており、スーパーマーケットや自然食品販売店で購入できる。
これらの油を購入する際は、慎重を期したい。理由の一つは、他の食用油と比べて何倍も高価なものだからである。二つは、食用油は元の植物の原形を留めていないため、紛い物であっても分かりにくいためである。ラベルには魅力的なことが書いてあっても、中身は安い精製油で薄められた油かも知れない。特に、これらがマスコミの影響でブームになったときには、この隙間を悪用して儲けようとする輩が出てくるため、知らずに偽物を掴んでしまうリスクが高くなる。このリスクを避けるために、植物の原産地、搾油法、製造元などが十分に開示されているものを買うようにしたい。更に、製造会社がそのウェブサイトに商品の詳しい説明を載せていれば、その油は本物であると期待できるだろう。そうでない物を買うと、自分で損をする上に、悪徳業者に資金提供することにもなり兼ねない。
慎重な人には、荏胡麻[えごま]の実を入手する、という選択肢もある。加工されていない物を食べることで、前述したような詐欺に遭遇する危険性を減らすことができる。荏胡麻の実は、油の含有量が多いので、それだけでも美味さがある。白荏胡麻と黒荏胡麻の二種類があるが、このうち黒い方が、実が一回り小さく、油の含有量が多いためより香ばしい。荏胡麻の実は、調理せずとも、ご飯など振り掛けてそのまま食べることができる。
亜麻仁[あまに]油、荏胡麻[えごま]油、紫蘇[しそ]油は、加熱するとその中のアルファリノレン酸が酸化してしまうと言われている。どの程度の加熱で傷むのか不明だが、念のために、サラダドレッシングにするなどして生のまま摂取するのが良いだろう。油炒めなどには、他の食用油を用いれば良い。既に自分でドレッシングを作っている人は、使用する食用油を亜麻仁油等に代えることで、オメガ3の摂取量を増やすことができる。又、今までドレッシングを作るという習慣の無かった人のために、ここで私の考案した、亜麻仁油を使ったドレッシングのレシピを紹介しておく。
1. 亜麻仁油(荏胡麻[えごま]油、又は紫蘇[しそ]油)
2. 食用油(胡麻[ごま]油、エクストラバージンオリーブオイル、又は他の食用油)
3. 酢
4. 調味料、香辛料(しょう油、砂糖、塩、こしょう、唐辛子、カレー粉など)
5. 黄粉[きなこ](任意)
比率は、油:酢が2:1程度とする(亜麻仁油、食用油、酢が約1:1:1とすると分かりやすい)。2の食用油には1と同じものを採用しても良い。調味料、香辛料は、好みのものを適当に入れる。尚、酢と香辛料は、幾分かの健康効果があると言われている。黄粉を入れると、粘性が生じて掻き混ぜた後に油と酢が分離し辛くなる。又、黄粉を大量に入れるとドレッシングを半固体状にすることもできる。これらの効果は、黄粉以外でも粒子が細かいものならば、同様に得ることができる。しかし、小麦粉や澱粉などは、生のままでは消化に悪いので、使えない。
出来上がったドレッシングは、一度に使い切らない場合は、瓶などに入れて冷蔵庫に保存しておくと良い。又、水溶性の酢、調味料、香辛料のみを混ぜて瓶に入れておき、食事の度に小皿などで油及び黄粉と混ぜてドレッシングを作るのも良い。この方法だと、瓶に油が付かないため、空になった瓶の洗浄が楽にできる。